東洋のスイス。パキスタン・スワート渓谷[破天荒過ぎるパキスタン起業]

東洋のスイス。パキスタン・スワート渓谷[破天荒過ぎるパキスタン起業]

前回まではパキスタンのご紹介でした。

今回からは、私が起業したエリア、「スワート渓谷」についてご紹介いたします。

ピンクで囲っている場所が、スワート渓谷です。

残念ながら、2017年現在も最高レベル4のレッドゾーン地帯です。。。

首都、イスラマバードから車で6時間半(渋滞していなければ)ほど。
でも、大抵の場合夕方にラッシュに巻き込まれるため、
10時間くらいドライブです。

 

透き通った空気と瑞々しい緑豊かな渓谷。
標高約2,000m以上の北ヒマラヤ連山に降り積もった雪は、
春の暖かな日差しを受けて雪解け水となり、
大地を潤しながら、
美しいエメラルドグリーンのスワート川となって
渓谷をゆったりと流れてゆく。

古代から、この地は「ウディヤーナ(庭園)」と呼ばれていました。

パキスタン国内でも避暑地として人気があり、
夏になるとパキスタン中から多くの人々が訪れています。

また、1961年にスワート藩王国※を訪れたイギリスのエリザベス女王は、
スワートを「東洋のスイス」と呼びました。

※1961年当時、スワートはパキスタンに属していませんでした。

ヨーロッパからも多くの観光客が訪れ、この地を同様に表現していました。

参考(2017年4月7日) http://www.thefridaytimes.com/tft/queen-elizabeth-ii-in-swat-1961/

〈エリザベス女王がスワートを訪れた時の動画〉
https://www.youtube.com/watch?v=1MC_OS0tjcE

現地パートナーでパキスタン人のザイーさん
(これから山ほどブログに登場する、ひょうきんなおじさま(超重要人物))は、
この写真が撮られた日にエリザベス女王とお会いしたそうです。

ザイーさん
「ワタシ、子供ダッタネ!エリザベス女王が目の前に来て、ビックリしたね!!」


「え〜、本当〜〜〜??? 笑」
(パキスタン人、何かと大げさに表現する人が多いので、半信半疑。( ̄ω ̄))

ザイーさん
「(#`Д´) ワタシ、嘘ツカナイネ!!
ホント、ビックリシタネ∑(*゚д゚*)!!!ココ!!ココ!!」

と、身振り手振りでエリザベス女王とザイーさんとの距離を説明してくれました。

う〜ん、5mくらいの距離だったのかしら???
そんなバカな。。。

エリザベス女王は何度かスワートを訪れては、
スワートを堪能しつつ、藩王と交流を深めていたそうです。

写真左に写っている男性は、
スワートの藩王(英語では「プリンス」と表現されています)です。

写真に写っている藩王の息子で、
最後の藩王となったプリンスAurangzeb氏と
ザイーさんは親友でした。


「どうして!?なんで!?どうやってプリンスと知り合ったの?!??」

ザイーさん
「プリンス、よくワタシに電話してきて、プリンスの家でチャイ(お茶)したネ。(*´∇`*)笑」


「え〜!!!すごぉぉい!で?どうやって知り合ったの?」

ザイーさん
「日本から帰ると、いつもプリンスからTEL来るネ。日本のお土産持って、いつも遊びに行ってたネ!」


「いや、そうじゃなくて。何で知り合ったの?」

ザイーさん
「当時、セルフォンないから、プリンス、家にTELしてくるネ。
だから奥さんとかビックリしたネ!(o>▽<)o大爆笑」

いやいや、だから…。。。

ザイーさん
「それでネ、それでネ、・・・・・・・・。」(まだまだ昔話は続く)

いつものように、途中から意思疎通が出来なくなるパターンに陥りました。

ザイーさんは少し変わったパキスタン人です。
ザイーさんのお父様のお仕事の関係で、1980年代から数年間、日本に住んでいました。
なので、スワートではちょっと特殊な人でした。
「ザイー=ジャパン」と一部の人たちから呼ばれていたそうです。
そのあたりの事情があって、知り合ったのかな〜?と想像しています。

そのような訳で、ザイーさんは日本語が少し話せます。

 

ザイーさん
「プリンスは本当にイイ人ダッタネ。ショーコさんに会わせたかったネ。とってもザンネンデ〜ス。」

よくプリンスのご自宅でザイーさんとチャイをしながら、
私の話をしたり、写真もプリンスに見せてくれていたそうです。
プリンスも私と会う日を楽しみにしていたと聞きました。

プリンスとザイーさんが写っているプライベートな写真を何枚も見せてもらいましたが、
本当に良い相をしたおじいちゃまでした。

プリンスは、スワートの人々からとても尊敬され、愛された人物だったそうです。
本当に、、お目にかかれず残念でした。。。

 

そういえばプリンスがご逝去された年、
ザイーさんすごく落ち込んでいました。

ザイーさん
「My best friend, Prince 死んじゃったネ。ワタシ、ト〜ッテモ悲しいネ。(T△T)**」

当時の私はスワートが王国だったことを知らなかったので、
え?プリンス、またザイーさん変な英語使ってる・・・くらいにしか思っていませんでした。

ザイーさん
「ショーコさん、Princeって意味ワカル?スワートのPresidentダッタネ。すっごぉぉぉく偉い人だったネ!!」


「(プリンス?プレジデント?何言ってるのザイーさん???どこかの会社の社長のことかな?)
そっかぁ、、、お友達が亡くなったのね。それは悲しいね。。。」

ザイーさん
「ハイ。だからワタシ、と〜〜〜〜〜っても心が寂しいネ。。。ワタシの心、壊れちゃったネ。」

なんて会話をしていました。

 

が、翌年、スワートの歴史を調べて発覚( ̄Д ̄;)!!!


「ザイ〜さぁぁぁん!!!Princeって、本当にPrinceのことだったのね!!もう、ビックリ!!!」

ザイーさん
「(ノ ̄□ ̄)ノダ・カ・ラァ〜〜〜!!!ワタシ何度も言ったネヾ(。`Д´。)ノ!!
ショーコさん、頭グルグルネッ!!!」

※ザイーさん言葉01
「頭グルグル」=頭の中が混乱していることを表現しています。


「え〜〜〜、だって、ザイーさん全然そういう感じの人じゃないんだもん!!」

(私、酷い事言ってる・・・。)

で、どうやってプリンスと知り合ったの?という会話になりました。

 

ザイーさんの親友だったプリンスについての記事はこちら(英語)↓
https://www.dawn.com/news/1123225

 

ザイーさんと親友だったプリンスAurangzeb氏の死後、
形式上、称号はAurangzeb氏の長男Adnanさんが受け継ぎました。

そして、そのAdnanさんとご縁あって、昨年お会いする機会がございました。

ご挨拶をした際、

「ショーコさん、君のコトは知ってるよ!ザイーさんのことも!
彼はとてもジェントルマンだよね。
起業したんだってね!私はプリンスだから、スワートのことなら何でも知ってるよ!」

と。

もちろん、事前に私の事を調査をしているのだと思いますが、
起業する時にあれだけ騒ぎになれば、プリンスのお耳にも入るのでしょうね。。(〜〜;)

スワートで出会う人々、本当に皆さまキャラが濃ゆい人ばかり。。

 

次回はスワート渓谷の歴史をご紹介いたします。^^